高橋まき
野尻抱介さんの傑作SF、『太陽の簒奪者』(ハヤカワSFシリーズ Jコレクション) がとうとう単行本になりました。おめでとうございます>野尻さん
さて、この本は「濃密な書き込み」(柴野拓美、SFM2002.7)などと いう評価も高いのですが、 実のところどこがどう濃密なのか、この手の知識に詳しい人には 案外伝わりにくいような気もします。 もしかすると、 意外に淡々と書かれている本書の記述を目にした理数系に明るくない人は、 単に見慣れない用語が使われているだけで、 あっさりしたものに感じられるかもしれません。
しかし、そんなことはありません。本当に濃いんです。
確かにこの本の書評や解説は、たいてい数ページ、 きっと長くても数十ページ程度のものばかりになるでしょう。 だがしかし、そんなに短いものでは、本書のほんの、ほんのごく一部しか 紹介できません。 もし、この本に書かれたアイデアを逐一解説していこうとしたら、 おそらく元の本の数倍くらいの分量の本ができてしまうでしょう。
そこで、実際に解説、とまではいかずとも、 随所に茶々を入れながら読む、というのをやってみました。
とはいえ、(全部やるとタイヘンなことになるのは当然として) この本の一部、一章にあたる部分についてやるのですら、 該博な知識が必要になりそうですし、 私の手には余りまくりです。なので、3ページ分だけやってみました。 しかも、本書冒頭(プロローグは除く)の3ページという、 内容的にはかなり薄い部分です。
でも、これだけでも書き出すと相当な長さになります。 ここから逆に「冒頭だけでもこれくらいになるんだから、 この本全体にはきっとすごい内容が詰まっているに違いない」 と想像していただくのが、この文書のねらいです。
それでは、『太陽の簒奪者』のおよそ100分の1をお楽しみください。
高校の天文部はいまでも太陽観測を日課としている。 それが日中に観測できる数少ない天体だからだ。
高校・大学の天文部みたいなところで 行う観測の対象として考えられるのは、
てなところでしょう。あとは写真(デジカメやビデオ映像含む)を撮るとか。
太陽黒点はそれなりにダイナミックな変化を見せますし、 継続的に観測を続ければ、太陽の周期的な活動が分かる、 という点でも、観測しがいのある対象だと言えます。 でも、活発じゃない時期の学生にとっては ちょっとさみしいかもしれません。
また、高校生にとっては、夜の活動には何かと 制約がある場合もあります。学校の校風にも よるでしょうが。やっぱり若い男の子と女の子が 夜中に集まると、あんなことやこんなことの 心配とかをされたりもするわけですよ。というわけで、 日中に行える太陽観測は貴重なのです。
参考: 太陽黒点観測画像。これは2002年2月のものだそうです。 少しずつ黒点の位置がずれていく様子が分かります。
この日、太陽は特別なゲストを迎えようとしていた。 水星の太陽面通過――いわば水星による日食だった。
日食は月が太陽を隠す、という星食の一種なわけですが、 水星と月は見かけの大きさが全然違うため、太陽のごく 一部しか隠しません。だから「通過」になるわけです。
ところで、2006年の11月9日には、実際に水星の太陽面通過の現象が あるようです。
参考: 太陽面通過の予定表、 9-Nov-2006 Mercury Transit
もっとも、掩蔽観測には場所と時刻が重要なわけで、日本から見られるのか はよく判りませんでした。すみません。そういえば、この本での描写でも、 時刻については手掛りになりそうなものは全然書かれていない ですね。ふむ。
大衆はもちろん惑星科学者にとっても、水星はあまり 興味を引く対象ではなかった。
水星が惑星科学者にとって興味がないかどうかはよく 知りませんが、太陽面通過では特に新たな知見は得られ なさそうではあります。探索機でも飛ばせば別で しょうけどね。ちなみに、2004年に探査機を飛ばす MESSENGER というプロジェクトがあるそうです。
大気現象も火山活動も ないクレーターだらけの惑星だったし、近日点移動の 謎は前世紀のはじめにアインシュタインが解いていた。
水星の近日点移動の問題は、アインシュタインの 一般相対性理論によって解決されたものです。 一般相対性理論の正しさを示すものの一つとしてよく引き合いに出されます。
ところで、水星の近日点移動に関連するページを探すべくgoogleを使うと、 いかにもやばげなページがたくさんでてきて壮観です。ううむ。 というわけで、ちょっと毛色の違った(?)ページを紹介しておきます。
参考: 紗夜香の星空喫茶 17杯目 天翔ける遊星−水星−。 紗夜香たんにちょっと萌え(謎)
だから今回の現象も、もっぱらアマチュア天文家の領分だった。
というか、この手の観測をいくらしたところで論文は 書けないので、プロはやらんでしょう。 新天体の発見がアマチュア天文家の独擅場である理由も同様でしょうし、 ましてや惑星の太陽面通過などは厳密に予想できる現象ではないかと。 単に「楽しいから」とか、「星食観測のための練習」とか、 「太陽観測の息抜き」程度の意味合いじゃないかと思います。
人海戦術を武器とする彼らはインターネットを介して緊密に連係している。 観測結果もネット上で集計され、その精度が評価される。
実際、高校天文部同士のネット上でのつながりはそれなりにあるみたいです。 もっとも、観測結果の精度を評価してるかどうかは不明です。
参考: 高校生天体観測ネットワーク
二年生の白石亜紀は、この精度競争に闘志を燃やしていた。
11月ということで、3年生は受験の準備で忙しいころでしょうか。 となると二年生が活動の主力になるわけですね。 実際、亜紀は部長であったことが後で判ります。
天文部の予算は乏しく、待てど暮らせどビデオ教材は購入して もらえないが、眼視観測でもやればできるはずだ。
そうそう、天文部は十分な予算を獲得するのが大変なんですよ……(;_;)
基本的に天体観測機材は金を食います。電子機器ががんがん 高性能・低価格になろうと(いや、低価格と言っても知れてるわけですが)、 光学系はなかなか安くなりません。 しかも光害の影響もあるため、地理的条件も考慮する必要があります。 学校がたまたま明るいところにあると、 学校では(太陽や月、惑星以外は)まともに観測できないわけです。 かといって、高校生では移動手段(要するに車)は使えないので、 どこかに望遠鏡を持ってって観測することも難しいのでした。 そのため、そこそこ立派な機材でも意味がなく、 さらに高額の機材(と気合い)でカバーしなければなりません。 これは高校生には辛いところです。
しかも、運動系であれば、 全国大会などに出ることを口実に予算折衝を有利に展開できるようですが、 文化系だとそれも難しいです。 高文連とかで頑張ったところでそのことが評価されるかどうかは怪しい。 お金持ちな学校とかならいいんでしょうけど、 普通の高校では予算の獲得に必死です。
さて「眼視観測でもやればできるはずだ。」ですが、 眼視観測でビデオ観測並みの精度を出すのは結構難しいように思います。 詳しくは後述。
成果を出せば予算獲得の道が開けるかもしれない。
とは言っても、太陽面通過は十分予測されている現象なので、 精度がいいところで「成果」として認められるかどうかは難しいかもしれません。
校舎屋上のドームのスリットを開くと、冷たく澄んだ冬空が現れた。
おお、ドームがあるのか! いいなあ……じゃなくって。
ところで、ドームって使ったことないから良く知らないんですが、 空気の対流を落ち着かせるため、 現象直前ではなく早めに開けておいた方がいいんじゃないかという 気もしますがどうなんでしょう。
「手伝って」
「はい」
後輩の男子生徒と力を合わせて、動きの悪くなったドームを回転させる。
ここで「後輩の男子生徒」と出てくるところ、 部員数が少ないんじゃないかと心配になります。 同期は部員はいないんでしょうか? 最近はクラブ活動が衰退しているという話をよく聞きますし、 天文部なんかはさほど華やかなところではありませんから、 部員獲得にも苦労していそうです。
年代物の赤道儀に載った反射望遠鏡に直射光が当たり、まばゆく光る。
反射式は屈折式に比べ筒内の対流が激しくなるので、 太陽観測には屈折式の方がいい、という話もあります。 が、反射式の方が費用の割に口径は稼げるので、 予算がさほどないところでは反射式の方がメインになりがちかもしれません。 今回は星食観測で、 像の安定性よりもふつうに拡大して見えることが優先されるわけですし。
参考: 反射式の図があるページ
もっとも、望遠鏡自体がドームに備えつけの反射だけで、 屈折は使いたくても持ってない、ということなだけかもしれません。
亜紀は接眼鏡を覗くと、すぐに言った。
「光軸合ってないね。調整した?」
「光軸」というのはレンズや鏡が想定している、光が通る軸のことです。 反射の場合は主鏡の軸、 副鏡の軸、接眼部の軸がすべて一直線上(って、副鏡のところで90度ねじ 曲がるので、「一直線」という書き方はおかしいんですが)にある必要が あります。 そうなっていない場合、「光軸が合ってない」とか「光軸が狂っている」と言います。 反射式は主鏡が重いせいもあってか、光軸が狂いやすく、 まめに光軸修正をする必要があります。
「すみません、ちょっと時間なくて」
後輩がもじもじと言い訳する。
かといって、慣れないうちの光軸調整はわりと面倒かもしれません。 また、適当にやるには(この小説の中で行われているように)その辺を 適当に覗きながらできますが、 真面目にやる(レーザーとかを使ったりするらしい)のは結構大変そうです。
まだ間に合う。
……って、間に合うとしても、観測直前にやるのは反則です(^^; 観測前はただでさえ意味ないトラブルが起きやすいものですし、 もっと時間のある時に行っておきましょう。
亜紀はドライバーを持ってきて主鏡の角度を直した。
主鏡の角度を調整するには、 主鏡の後ろにあるネジみたいものを使います(「ドブソニアン」など、 自作の安い反射式望遠鏡なんかだと、 ほんとにただのネジだったりすることもあるようです)。 これをドライバーで回して角度を調整します。
反射望遠鏡はたゆまぬ光軸調整のうえに成立するのだ。
屈折式望遠鏡でも、光軸が狂ったら修正しなくちゃいけないはず ですが、屈折の場合は難しそうです (私はやったことないので判らないのですが)。 もっとも、その分、屈折の光軸はそうそう狂わないようにはなっています。
天体導入をやりなおす。
観測目標となる天体を望遠鏡の視野に入れることを「天体を導入する」 と言います。夜空は暗く、また望遠鏡で一部だけを拡大した星空は、 素人目には「なんか星がいっぱいあるだけ」で、どこを見ているのか 判りません。そこで、望遠鏡についている目盛環と星図を駆使して、 望遠鏡は今どこを向いているのか、どこに向ければ目標天体が入るのか、 といったことを調べながら操作する必要があります。
今回の場合、対象天体が太陽なので、ふつうに晴れてりゃ適当に 振り回せば導入できます(ぉぃ ていうか、太陽観測で目盛環を使って 導入したことはないなあ。
なお、今どきの望遠鏡には全部PCで制御するようなものもあって、 そういうのを使えば導入の手間は一切省けるんだそうです。 ぜーたくですね。
口径を絞り、減光フィルターをとりつけた望遠鏡の視野のなかで、 太陽の縁がゆらめいていた。
望遠鏡で太陽を直接覗くと失明するので、減光する必要があります。 これのために使われるのが「減光フィルター」というもので、 グレーというよりも黒い色をしたフィルターです。 太陽観測の場合、2枚重ねにしたりすることも多いです。ND400+ND8とか。
接眼部につけるやつもありますが、熱で割れると悲惨(最悪失明するらしい。 といっても、フィルタを二重にするなど、それなりに対策はしてある) ですし、像が荒れがちなので、筒の前に取りつけるタイプの方が安心です。 が、反射の場合は口径がでかいので、接眼のものか、または接眼部に 近いフィルターボックスにつけるタイプのものを使うのかもしれません。
待つほどに、その一角が黒く欠けはじめた。
あっさり書いていますが、太陽といってもそれなりに大きいもので (しかもまんまるだし)、どこが欠けるかを正確に把握するには、 それなりに準備が必要です。 特に望遠鏡では像が引っくり返ったりするので、下手を すると反対側を除いていて、気がついた時にはすでにどっぷり 太陽面に漬かっていた、という悲しい事態も初心者にはありがちです。
「はいっ!」タイミングを伝える。「第一接触」
掩蔽の観測は、大きく分けて、
の3パターンに分かれます。
機械がやる場合、一切合切機械が行います。人間は ぼーっと見てるだけです。たぶん。やったことないですが。
一人で行う場合、「はいっ!」という声をかけるのは人間がやりますが、 それを記録するのは機械(テープレコーダーとか)になります。今なら 録音機能つきMDプレーヤとかを使うのかな?
二人で行う場合、一人が観測係、もう一人が記録係になります。 記録係は時計を使い、観測係の声を聞いて、その時刻を記録します。 ここで、この「時計」の精度が重要になります。
携帯電話で時報を聞いていた後輩が時刻を記録する。
今回取り挙げる中では、ここが一番気になったシーンです。
まず、星食観測の精度について説明します。
星食観測の精度を決めるポイントとしては、現象そのものを 正確に観測することもさることながら、
といった点も重要です。
前者については、観測している位置によって、現象の時刻が ずれるため、できるだけ正確な位置情報が必要になります。 一般的には、 国土地理院が発行している1/25000の地図を使っておおまかな位置を出し、 そこからさらに巻尺などで距離を計り、正確な位置を求めます。 が、ドームを使っているのであれば、ドームの場所についてはちゃんとした 位置情報が判ってるでしょうから、いちいち調べるまでもないでしょう。 なお、最近はGPSを使って位置情報を測定することも多いようです。
今回の亜紀たちの観測の場合、問題になりそうなのは後者です。 正確な時刻が判らなければ、 現象の起きた正確な時刻も判るわけがないのですから。そして、 現象の時刻を厳密に計ろうとすればするほど、それだけ高い精度の 現在時刻を保持する必要があるのです。
さて、携帯電話を使う場合、電波の誤差が問題になります。で、 現在の携帯では、0.1秒くらいの遅延のゆれは結構あるそうなので、 掩蔽観測など時刻の精度が使えるものには使用しない方がいいと言われています。
しかし、代わりになる便利なものがない、という問題もあります。 数年前なら、短波で送信しているJJYが精度面と手軽さから 重宝されていたのですが、短波でのJJYは終了してしまい、 現在は長波でのJJYと電話での時報、そしてテレホンJJYのみになっています。 長波JJYは「電波時計」などで使われているものですね。 テレホンJJYは電話回線と端末(PCまたは専用端末)をつなぐものです。
なら、長波を使えばいいじゃん、という話になるのですが、 実は今のところ長波JJYの正確で手頃な受信機がないのです。 電波時計は、一定時間以上時刻が狂うことはないのですが、 実機による測定結果では、遅延の揺れはあるようなので、 これまた掩蔽観測では不向きとされています。
そんなわけで、現在、掩蔽観測に重宝されているのがGPS受信機による時刻検出です。 たとえば、 「GHS時計」というGPSを利用した時計は、実測でもミリ秒単位での 精度があるそうです。なお、このGHS時計は、 もともと星食観測用として作られたものです。 掩蔽関係者がどれほど執念を持って時刻保持に力を入れているかが 判ろうかというものです。
とはいっても、この手の機械もそれほど安価・容易に入手できるわけではありません。 ビデオ機材に悩む高校生には、ちょっと敷居が高そうです。
ということで、次善の策を考えてみました。 ここは、 携帯できる録音機能のついたMDプレーヤを使用するのがよさそうです。
まず、時刻合わせには電話の時報を使います。 携帯電話による誤差の問題を回避するため、固定電話を使います。 固定電話を使って、時報の音をMDで録音するのです。 録音した後、MDを止めては行けません。回しっぱなしにしておきます。
そして、現象時には、記録者を使わず、「はい!」という音声を MDで録音します。ここでもまだMDは止めてはいけません。 そして、観測終了時には、もう一度時報の音声を録音します。 ここで、はじめてMDの録音を止めます。
さて、このMDを後日、ストップウォッチを片手に計測します。 MD自体の誤差については、前後に録音した時報の時刻から 逆算して補正します。
……というのが、現状でも使える精度の出し方だと思うんですが、 いかがでしょうか?
この、「前後に時報を録音する」というのは、似たようなことを ビデオ観測で行うことがあるそうです。ビデオの場合はビデオの 録画をしっぱなしで、時報などを録音するわけです。それのMD版ですね。
……とは言え、ビデオ観測で使っていた方法を調べ直してみたところ、 ビデオ内蔵の時刻表示機能と合わせて使っていたようです。つまり、 計時の基本は内蔵の時刻表示で行い、その補正として前後の 時報を使っていたと(そうだったのか……)。そうすると、MDの 場合も、(ある程度の精度の)一定間隔で音を鳴らし続けるものと、 電話の時報を組み合わせる必要があるかもしれません。
また、この方式だと、観測は一人で行うことになってしまいます。 観測ができる筒が一つしかない場合、 この後輩くんはやることがなくなってしまいます。 それだと可哀想なので、 亜紀は後輩くんに時刻計測をやらせる体制を選んだのかもしれませんね。
亜紀が念入りに仕込んだので、脳裏で十分の一秒まで捕える。
この、「念入りに仕込む」というのは、実際によく行われます。 記録係はもちろん、観測係も、このような訓練を行います。
普通、観測してから発声するまで、ある程度の時間差はどうしても かかります。が、訓練によって、 この時間差を一定時間に安定させることができます。
重要なのは、別に時間を短くすることではありません。 無理に急いだところでメリットはありません。 発声するまで間があくだけなら、 あとでその分の遅延を補正して計算し直せばいいだけですから。 それよりも、観察から発声までの時刻を、 いつも同じくらいの間隔で行えるようにしておくことが重要なのです。 これを真面目に訓練していれば、 0.1秒くらいの誤差を揃えることは、非現実的ではないと思います。 もっとも、私はあんまりまじめに訓練してなかったんで、 結構誤差があったんですが……(汗
太陽と水星が外側どうしで接するのが第一接触。これはあまり 正確には測れない。
第一接触は何もないところがいきなりヘコむ、という現象なので、 時間が測りにくいのです。一方、第二接触や第三接触は、接触する 過程がそのまま見えるので、「(くるぞくるぞ……)来たっ!」 (<瞬間なので、「キタ━━━」と伸ばしたり、ぐるぐる回ったり してるヒマはありません)という感じで測りやすいのでした。
一応断わっておきますが、太陽面通過を観測している場合、水星は 光ってません。黒いままです。「太陽の真ん前にいる時はともかく、 通過以前・通過以後は太陽の反射をちょっとだけ受けるのでは?」 と思う人もいるかもしれませんが、太陽観測時にはめちゃめちゃ濃い フィルターをかけて眺めているため、ほとんどまっくらになります。 そうじゃないと、強い太陽光線(非可視光線も含む)で目をやられてしまいます。
亜紀は第二接触にそなえて目をこらした。
第一〜第四接触については、 このページの一番上の図がわかりやすいです。これは 1993年11月6日にあった水星の太陽面通過の記録だそうで、 「お値段格安・精度そこそこの望遠鏡」として一世を風靡したファミスコを使って 撮影した撮った映像もあります。
太陽面に芥子粒のような水星のシルエットが食い込んでゆく。 水星が太陽面の縁から離れる瞬間を第二接触という。このとき 液滴現象が発生する。したたる水滴のように、水星の影が涙滴状に 見えるのだ。
液滴現象 については、 この写真が わかりやすいでしょう。これも上の記録と同じ現象を撮影したもののようです。
もちろん、水星がそのように変形するわけではない。それは 錯視の一種だった。亜紀は頭のなかで二つの円弧を補いながら、 その瞬間を待った。
要するに、実際に眼で見ているものというより、 眼で見ているような気になるもの、を観測しているようなもの だったりします。
「は……」
「え?」絶句する亜紀に、記録係が問い返す。「どうしたんですか、 先輩?」
ここですが、前述のように涙滴現象が起きている最中に叫ばなければ いけないわけなので、「はいっ」って叫び切った後で、「はいっ……え?」 みたいな声を出す方が自然に思います。
「塔?」
水星に、塔が建っていた。
液滴現象ではない。水星はすでに第二接触を終え、太陽面のなかに 泳ぎだしていた。そのシルエットから細長い物体が延び、 糸を引くように太陽面の縁とつながっている。
この描写ですが、観測に慣れてる人ならともかく、
こういうのに馴染みのない人には判りにくいところかもしれないので、
図にしてみました(右図)。ただし、太陽と水星の大きさはいい加減です。
すみません。本当は太陽はもっと大きいはずです。
また、それっぽくするため、嘘くさいボカシも 入れてあります。本当はもっとぼけたり、像が揺れたりします。
物体は水星の赤道部分から立ち上がり、水星直径の約三倍まで 延びたところで徐々に薄くなって消えていた。
水星の直径は4,880キロメートルあるので、その3倍は14,640キロメートルですね。 地球の直径は12,756キロメートルなので、それよりも大きいことになります。
亜紀は一年生に接眼鏡をゆずった。
これまでの描写から推測すると、二年生一人・一年生一人の二人だけで 観測をやっている、ということですよね。 これってちょっとさみしいような気もします。
まあもっとも、望遠鏡が一本しかないとか、太陽観測に使える フィルタが一組しかない、とかいうことなのかもしれませんが。
部員数が少ないと廃部の危機もありうるのではと、 他人事ながら心配になります。ドームがある分、存続には有利とはいえ。
「……なんですか、これ?」
その答えで充分だった。
錯覚ではない。何かが水星で始まっていた。
ところで、異星生物による構築物を発見した行動として、 この「水星の太陽面通過」という現象を選んだのも、 実は偶然ではないのかもしれません。
たとえばこれが月や金星であれば、近すぎるのですぐ対処してしまい、 亜紀が介入できなくなってしまいます。一方、逆に遠すぎる場合、 よほどでかいものを構築しなければ発見しづらく、また女子高生が 偶然発見する、というのも難しいでしょう(もちろん、主人公を 女子高生にしなければいいのかもしれませんが、そこはそれです)。
つまり、発見→撤去という流れに亜紀がコミットするには 水星がちょうどいい場所だった、と言えるんじゃないでしょうか。 作者の着想の妙を感じたりします。
……うーん、やっぱり知識と経験が足りないせいか、 満足な「茶々」にすらなっていないような気もします。申し訳ない。 それでも、こんな知識があると、この作品はもっと楽しめる、それくらいの 濃さのある小説だというのが、そこはかとなく伝われば幸いです。
それでは、残りの約270ページは詳しい人にお任せします :-)
2002/06/23 公開
2002/06/24 一部修正
2002/06/25 さらに修正、また参考ページもいくつか追加